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自然観察ボランティア



元毎日新聞編集委員 斉藤清明□

 日本自然保護協会の講習を受けて自然観察指導員の登録をした人たちが、全国各地でつくっている団体のひとつで、京都に自然観察指導員京都連絡会がある。
 1983年に10名ほどの有志で設立された。観察会を通じて自然保護の世論をつくりあげていこうとつくったのだが、当時は自然観察会会という言葉もまだ耳慣れない時代だった。専門家から何日間もの講習を受け、指導員の登録をしたものの何から始めていいのか、とにかく観察会を行うための受け皿として出来たという。
 それから17年間。会員も約100名になり、年間に約25回の自然観察会を催すなど、ボランティア活動として、実績を上げてきた。「きいて、さわって、みて、かいで」をモット−に、五感を使っての観察会活動をしている。
 活動を見てみよう。1999年を例に取ると、公開観察会を年に16回催している。京都府主催自然観察会を委託事業として8回、八幡市や向日市公民館などの自然観察会に講師派遣を6回、目の不自由な人対象に京都府視覚障害者協会との共催の観察会を2回といった具合に。それぞれ、日帰りの1日だけの行事だが、その下見を必ず行っているので、倍の32日以上を要しているという。 

 開催日は日曜日が原則。会社勤めや主婦など、みんな本業を持っているから、休日しかあてられない。そして、この公開観察会には、スタッフとして会員が延べ85名参加している。また、会員と家族の研修と親睦のための定例観察会を、公開観察会とは別に年10回開催している。各自が得意な分野や好きな分野の図鑑を持ち寄って、わからないことはみんなで調べている。また、知人や友人の参加を歓迎し、会の窓を外に向かって開いている。入会して活動してくれそうな人をリクル−トする機会にもなる。
 筆者は石清水八幡宮(京都府八幡市)の近くに住み、その森をよく歩く。四季折々に味わいがあって、森が近くにある幸せを感じている。気に入っている谷間もある。同会との出会いは、この神社の森での自然観察会に妻に誘われて参加したことから始まった。それ以来、自然観察会にたびたび参加している。会の通信「森の新聞」(隔月刊)を送られ、熱心な活動ぶりを知っている。また、同会の労作の自然観察地図を重宝している。
 そのたびに、自然観察指導員というのは、まさにボランティア活動だと思う。広い意味でのボランティアが話題になり、環境教育ばやりの昨今だが、自然観察会という存在は意味がある。

 同会はいろいろと試行錯誤を経て、ボランティアによる自然観察会の在り方としては、ひとつの到達点に達しているようだ。たとえば、一緒に歩く。観察する。「店開き」をする。クイズを楽しむ。知識を試すのではなく、一緒にいろいろ考えてみる。参加者の注意を引きつけるための工夫をこらす。知識を振り回す「物知り」への対応も考える。会員の間では「先生」の呼称を使わない。職業上の立場を会に持ち込まない、などと。

 こうして、「いい年をしたオジサン、オバサンが夢中になって楽しんでいる、構えずにのびのびやっている、いわゆる観察会屋さんの嫌みがない、いつまでも初々しい」などと評判がいい。中高年が中心になっているのが、プラスに作用しているようだ。豊かな人生経験を反映して、円熟して落ち着いた、いい雰囲気を醸し出している。

 このように、会員たちの個性の魅力で楽しい観察会を続けていけば、参加者にその楽しさが伝わり、自然が好きな人が増えるだろう。同会が目指している、自然保護の世論の輪が広がることに貢献していると思われる。 
 公開の自然観察会は、自然と参加者そしてスタッフがうまく揃った時に達成感や満足感が得られる。そのような時の感想が、自然観察指導員京都連絡会通信「森の新聞」92号(1999年11月号)に載っている。


 「雲ひとつ無い秋晴れのもと、恭仁京跡から加茂神社へ至るのどかな風景の中で、距離も短く時間もたっぷりあり、班も組まず、参加者46人(うち子供8人)とスタッフ16人(うち子供3人)が適当に入り交じっての、ゆっくりした観察会となった。深まりゆく秋の原っぱ、あぜ道、農家の庭先で、色づいた木々の実や野の花やさまざまな生き物が迎えてくれた。この一帯は京都というより、大和の雰囲気だが、今では失われてしまった、日本の懐かしい農村風景が残っている。終日、われわれの他にはほとんど人に出会わなかった。秋に1日をこんな風にして過ごすのは、お金では買えない、とても贅沢なことなのだと改めて思った。全てに感謝。」
 まさに、「しろうとの、しろうとによる、しろうとのための」自然観察会である。専門家を養成したり、物知りや好事家(マニア)を作り出すのが目的ではない。このように自然観察会活動が位置づけられている。これこそ、自然を守るためのボランティアの活動といえるだろう。また自然観察指導員京都連絡会では、「自然保護のために」と大上段に構えた観察会はなじまないと考えている。今のように楽しい観察会を続けていきたいという。

 「自然が好きな人」「自然を楽しむ人」「自然を思索する人」がたくさん出てきて欲しい、と。そうした確かな意思表示が世論となり、自然保護につながっていくに違いない。

執筆者の了解を得て、内海成治編著「ボランティア学のすすめ」(昭和堂)より抜粋して引用させて頂きました。