2007年2月17日
熊野古道
〔中辺路〕
ウォーク
I


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 紀ノ川SA=岩代駅付近岩代王子跡千里ケ浜千里王子跡・千里観音
0千里梅林南部峠のお地蔵様三鍋王子跡梅干館南部梅林=南部IC


本日のコースは熊野古道の紀伊路
中辺路の中では珍しく、海辺を行きます。






岩代王子跡
松林を抜けると、眼前に海が開け、砂浜沿いに
ひっそりと岩代王子がたたずんでいます

国道に出たところに有間皇子結び松の記念碑があります。
有間皇子が反逆の罪で 護送される途中、松の枝結びをして、都へ帰れることを
願った場所である。悲劇の皇子を偲ぶ遺跡として、県の史跡に指定されている。

磐代の 浜松が枝を 引き結び ま幸くあらば また還り見む




浜づたいの古道は、東岩代川の河口が邪魔して通行不能です。
少し戻って汐入橋を渡り、梅畑の中を「千里の浜」に向かいます。






千里の浜に出て、浜街道の雰囲気を味わいながら千里王子に向かいます。
千里の浜は、『伊勢物語・枕草子・平家物語』の古典にも出てくるところ。





千里王子跡
千里海岸の一角にあり、貝を拾って社殿に供える風習があり
「貝の王子社」とも呼ばれています。

花山院の歌碑が石柱に刻まれています。
旅の空 夜半のの煙と 昇りなば 海人の藻塩火 焚くかとや見む



熊野古道随一の浜伝いの道は、アオウミガメの産卵地



 千里観音堂
 小栗判官が奉納した馬頭観音に因んで、境内には馬の銅像があり、
リアルなお尻なので、思わずパチリ。
 判官が熊野の温泉で治療して全快し、帰途千里沖で暴風雨にあった時、
一頭の白馬が現れ、無事命を助けたという伝承があります。





ひと山越えて・というより、千里梅林の丘を乗り越えて進むと、
南部峠のお地蔵さんが…





南部大橋から望める島が、三つの鍋を伏せた格好に見え
三つのナベ「みなべ」「南部」という地名になりました。





 三鍋王子
 建仁元年に後鳥羽上皇が当社に参詣の砌りには、絹六疋・面百五十両
馬三匹を奉納したほどの大社で、明治十年に須賀神社に合祀されるまで
南部三社の一つと称せられていました。
 王子の芝という境内地には小栗井戸の井桁が残されています。





さァ、お昼からはウメ・うめ・梅です。
梅干館での見学後は、
見学廊下が上手いこと梅売店に続いておりました。






本日の、もう一つの目的、南部梅林見学です。
われ々の入園を、待ち構えていてくれたように、
餅撒きが始まりましたが
その様子は、お餅の争奪戦に一生懸命で
写真を撮るのを忘れてました。



園内一円、山一面が梅畑ですが、遠目の梅の花は地味で、
難しい被写体です。





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