2006年12月9日
熊野古道
〔中辺路〕
ウォーク
G


悪四郎山

阪和道 紀ノ川SA 古道の里 高原の里
大門王子跡十丈王子跡小判地蔵悪四郎山上多和茶屋跡
大坂本王子跡道の駅 阪和道 大阪梅田
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気象庁の地域気象観測システムは「アメダス.
そして本日の天気予報は全国一律「雨だす

だから雨対策は完璧に…、
ご一行46名・全員が完全防備で臨みます。


今日の起点は311号線「古道の里」から…
まず富田川に掛かる橋を渡って一気に高原の里に駆け上がります
このコースで、この高原の里までの急坂が一番の酷、お覚悟召され

「高原の里」までの山道はシリーズ3回目とダブりますので省略→





高原の里
富田川から此処までの山坂道は熊野古道ではありません。
ここからが古道。
いにしえの人々は、川の氾濫を恐れ、村や道は山の上に設けたのでしよう。

「 霧の高原 」と呼ばれている光景が目前に・・・、
カメラのレンズをとおすより、生で見る方が感激大ですョ





昼なを暗き雰囲気満点の古道を進みます。

心配していた雨は大丈夫、ゴールまで持ち堪えてくれそうです。





残秋の雰囲気もチョッピリありました。





大門王子跡
この王子は中世の記録には登場しません。
名の由来は、
この付近に熊野本宮の大鳥居があったことによるものらしい。





大門王子跡からなだらかな山道を数分歩くと展望が開けます。
正面の山並みは、果無〔はてなし〕山脈でしようか





十丈王子跡
前の大門王子から1.5`、約30分足らずで十丈王子跡に到着、ここにはトイレがあります。

熊野御幸記には
十丈ではなく「天明に山中宿を出で重點王子に参る」とあります。
江戸時代には数軒の茶屋があり、明治41年下川の 春日神社へ 合祀されるまでは
村社として祀られていました。                              
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小判地蔵
古道に ひっそりと 佇むお地蔵様は、熊野詣の途中、飢えと疲労のため倒れた巡礼が小判を
一枚咥えていました。これは自分の後始末を他人に頼む意味で小判を口にくわえていたもの
と云われています。その死を悼んで祀られたのが、この小判地蔵です。            
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右が崖になっている細い道を…小判地蔵に合掌して数百メートル歩くと、この道中で
一番標高の高い峠に「悪四郎屋敷跡」がありますが、立て札のみです。       
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悪四郎は伝説上の人物で、力が強く、頓智に たけていたと云われています。
悪四郎の「 悪 」は悪人の意味ではなく、昔は勇猛で 強い と謂う意味でした。





上田和茶屋跡
大正末期までは民家も在ったとかですが、
今はな〜んにもありません。





三体月伝説の地
旧暦11月23日の夜だけ起こる不思議な現象で、日の入り後、山の端から三体に分かれた
月が現れると言われています。                                   
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また、「三体月を観る会」も催されています。機会があれば是非参加してみたいものです。
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逢坂峠
この逢坂峠の真下は、311号線の新逢坂トンネルです。





逢坂峠からはくだりです。
降りです、 ドンドン下ります。一生懸命下ります。真剣に下ります。
油断していると
すべります。膝がガクガク泣きます。でも下ります。




大坂本王子跡
ガクガクの膝と同じように、カメラも震えてブレてます。





本日のゴールが見えてきました。4時全員が無事に…






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